作品名 |
人物 |
作家名 |
網谷 義郎 Yoshiro Amitani |
生没年 |
1923‐1982 |
制作年 |
1963年頃 |
技法・材質 |
墨、紙 |
寸法 |
19.3×19.0 |
解説 |
神戸市生まれの網谷は、兵庫県立第一神戸中学を経て、旧制姫路高等学校に入学。20歳で学徒出陣し、復員後、京都大学法学部に進学。その頃、小磯良平と出会い、頻繁にアトリエを訪ね、多くの啓示を受ける。大学卒業後、大阪の商社に入社するが、27歳の時、画業専一を志し退社。新制作協会に出品を続け、新作家賞、協会賞を受賞し、1960年に同会会員となる。 風景画から出発した網谷だが、1950〜60年代には、デフォルメされた独特の人物表現に取り組む。油彩や水彩、墨を使って、人間の存在の真の部分を探るように、人物の造形形態を削ぎ落とし、色彩を巧みに制御して制作し、観る者に人間の存在意義を真っ直ぐ問いかけている。同時に、作品には網谷の理知的で真摯な作画姿勢や、過酷な軍隊生活の中でも失わなかったユーモア、そして周囲の人々に対する愛情も窺える。生涯に渡り追究した「人間」の表現とともに、カトリック信者でもあった網谷は、聖書に主題をとった作品を描き、70年代には度々渡仏し、ロマネスク時代の教会建築や風景作品を残している。 |
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